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『迷子の星』 「良牙、お前一人でも平気か」 夕日も殆ど沈みあたりは暗く、星がちらほらと顔を出し始めるなか、いつものように、てくてくと土手を歩いてゆく。 学校からの帰り道、黙って乱馬の後について帰宅するのが、最近当たり前になりつつある。 別に頼んだ訳でもない。いつだったか、校門を出たときに 「お前ん家はそっちじゃないだろ」と、乱馬が声をかけてきた。 それからなんとなく、何故か毎日帰路を共にしている。おかげで毎日無事帰宅できている訳だが。 前を行く乱馬がふと、空を見上げつつ零した。 「一人で迷ってもさ、気持ち的にはさ、平気なのか?」 表情が見えないので真意はわからない。しかしなんだか小さな子供に語りかけるような口調で言われた気がして、思わずむっとしてしまう。 「…なんだよいきなり」 怪訝な表情で、乱馬を睨みつける。いくら家まで送ってもらっているとはいえ、馬鹿にされるのは許せなかった。 しかし乱馬はこっちを見ない。ずっと空を見ている。 無視したように質問に答えようとしない乱馬を見て、更にイライラが募ってゆく。 「…おいっ」 「ほら、あれだよ!」 自分が怒鳴ろうとするのを遮って、乱馬が駆け寄ってきた。 俺がうろたえるのも気にせず、そのまま隣に立って空を指差す。 「ほら、あれ、見えるだろ」 乱馬が指差す先には、一際明るく煌めく星がひとつ、ぽつんと瞬いている。 それは小さいけれど、他の星よりも強く輝いていてしっかりと自己主張していた。 「あれな、北斗七星っていうんだ」 何故いきなり星の話をし出すのか、話についていけないまま、半ば唖然としながら頷く。しかしそんな俺にお構いなしに、乱馬は話を続ける。 「あの星はな、絶対どこから見ても、北に位置してんだよ。わかるか? 日本全国どこからでも見えるし、どこで見たって北にあるんだあの星は。」 そこまで話を聞いて、何かが湧き上がってくるのに気づく。 「だから、今度迷ったときは…」 その湧き上がる何かを、抑えることができない。 「うるさい!」 気がつくと、怒鳴り散らしていた。流れ出る感情が、止められない。 「そんなこと教えてもらったってな、俺にはわからないんだよ。どう気をつけても迷っちまうんだから…」 まくしたてるように口が勝手に動く。驚いた顔で乱馬がこっちを見ている。 「そんなこと教えてもらってどうにかなるくらいなら、もうとっくに方向音痴なんて治ってんだよ!だから…」 そこまで言って、涙が溢れてくるのに気づいた。はっとして、急いで顔を隠す。 恥ずかしい。 「良牙…?」 「うるさい!」 恥ずかしい、そう感じてそのまま走り出してしまった。 乱馬が後ろから何か言っていたのがわかったが、振り向かず必死に走った。 乱馬の言いたいことはなんとなくわかっていた。 いい加減、毎日ついて帰るのが、嫌になったんだろう。 だから「一人で迷っても平気か」などと尋ねたんだろう。北を指す星の話なんかしたのだろう。 激しい嫌悪感が募る。それは乱馬にではなく、自分にだった。 毎日一緒に帰るのが当たり前になっていたんだ。乱馬が切り出した話に怒ったのは、自分が寂しかったからだ。なんて自分勝手なんだろう。 素直に寂しいとも言えず、一方的に怒鳴り散らす。 言えるわけない、そんな自分に腹が立った。 それでも、悲しかったんだ。お前と帰ることが楽しかったなんて、言える訳はないけれど・・・ はっと気がつきふと立ち止まると、周りには誰もいない。 知らない場所に立っていた。こんなことは日常茶飯事で、慣れっこだ。そのままとりあえず歩き出そうと一歩を踏み出した。 ・・・静寂がいやに耳に刺さる。 真っ暗な道に飲み込まれそうで、思わず歩みを止めてしまう。 何故だろう。その場に崩れてしまう。 俯くと涙が零れた。慣れっこのはずなのに。 気づかないうちに、一人が酷く苦しく感じるようになっていた。 知らなかったのは、この頃は乱馬とずっと一緒にいたからだ。そう気づくと、ひとりでに涙が溢れた。 大丈夫、またこれからも一人になる。最初は少し悲しいかもしれないけれど、すぐ元に戻る。 そう自分に言い聞かせ、涙を拭い立ち上がる。 と、後頭部に激しい衝撃 「いってぇぇえ!」 「あほかー!」 後ろを振り向くと、肩で息をしている乱馬が立っていた。 「なんだよ!いきなりキレるわ泣くわ走るわ…どういうことだよ!」 後頭部を押さえて悶える俺に向かって、乱馬がまくしたてる。涙目で睨みつける俺を見て、乱馬がすっとんきょうな声をあげた。 「なんだ、お前まだ泣いてんのか」 「違うわいっ!さっきの衝撃のせいだっつーの!」 自分でも真っ赤になっているのがわかる。いてもたってもいられずに、その場から立ち去ろうと背中を向けると、乱馬が腕を掴んだ。 「離せっ!」 「お前どこ行くんだよ」 「うるさいっ!」 「また迷うぞ」 その言葉にかっとなってしまい、振り返る。 「どうせ俺はこれから一人で帰らなきゃならないんだから、関係ないだろっ!」 怒鳴ったつもりが、語尾が弱々しくなってしまった。じんわり滲む涙を堪えたせいだろう。 「だから離し…」 「・・・お前そんなこと考えてたのか」 乱馬が呆れたように呟いた。思わず乱馬の顔を見る。 「誰もそんなこと言ってねーだろが」 意外な言葉にふいをつかれ、呆然としたまま乱馬の目を見た。 「だって星…」 「ああ、なんか勘違いしてるとは思ってたけど」 ため息を零し、乱馬が腕を引き寄せた。しっかり両肩を掴まれ、念を押すように見つめられる。 「いいか、最後までちゃんと聞けよ。俺だってお前に星の位置教えた位で、お前が一人で帰れるようになるだなんて思ってねェよ。なんせひでェ方向音痴だからな」 その言葉に少しムッとしつつも、まだ続く乱馬の言葉に辛抱強く耳を傾ける。 「あのな、学校の帰りとかだったら俺もついててやれるけど、いつもいつも一緒にいてやれる訳じゃねェだろ」 さっきまで静かだった辺りに、風が吹いた。 さっき走ったときに汗をかいたせいで、肌が張り付くようで少し寒い。 「だからもし、お前が一人ぼっちで迷っちまったとき」 乱馬が空を見上げた。つられて空を見上げると、北斗七星がきらりと光っている。 なんだかそれが酷く眩しい気がして、少し目を細めた。 「あの星を探してみろよ。あいつはお前がどこにいたって、北の空からお前を見てるんだよ」 お前のそばにいるんだよ、そう考えたら、一人でも寂しくないだろ? そう言って乱馬は誇らしげに笑った。 一瞬だけ目眩がした気がする。 俺は知らず知らずのうちにゆっくり微笑んでいた。そのまま乱馬が俺の腕を引いて歩き出す。その横顔が少し朱に染まっているのが見えた。 夜道を二人で歩く。 辺りには家々から漏れる灯りと鼻をくすぐる香りが立ち込めていて、なんだか暖かい気持ちになる。 少し肌寒い空気が鼻をくすぐり、俺がくしゃみをするのと同時に、乱馬が「できればずっとついててやりたいけどな」と呟いたけれど、聞こえていない振りをして、俺は、少し、心の中で泣いた。 「ここはどこだっ」 目的地は天道道場のはずが、辺りは見渡す限りの竹林。明らかにまた迷っている。 おかしいなと思いながらもふと思い立ち、竹林から抜け出そうと走った。すると景色の見渡せる、広いなだらかな丘陵地に出た。 ゆったり深呼吸をしてから、三百六十度ぐるりと体ごと回転させて空を見る。 「…あ。あった!」 そこにはあのときと何ら変わらない、あの星があった。 しかし何故だろう。思い出すのは、空にある星ではなく、乱馬の瞳に映ったあの星なのだ。 「…今度こそ勝ってやるからな」 不敵に星を睨みつけると、星が瞬いた気がした。 微笑みが零れる。…また歩き出せる。 「良牙、お前一人でも平気か」 ああ、平気に決まってるだろ。 だって俺はいつだって一人じゃない お前が側にいてくれる まいごのほし。 中学生のときの乱良話でした。 そのころの良牙はちょっぴり泣き虫だといいなあ・・・ ほら良牙って、感情の高ぶりが大きいじゃないですか。 そして乱馬もくさいセリフをつるっと言えちゃってたりしたらいいなあ。 そして良牙のことちゃんと考えてるとか。 今はもうお互いにこんなこと言えないようになってるとか! ・・・若さっていいね!(誰) |
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